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仙台高等裁判所秋田支部 昭和28年(ナ)3号 判決

原告 今野恭一

被告 秋田県選挙管理委員会

被告補助参加人 菊地丹之丞

一、主  文

被告が昭和二十七年十二月二十六日附でなした「昭和二十七年十一月八日南楢岡村選挙管理委員会が訴願人の異議申立に対してなした決定は取消し、当選人今野恭一の当選は無効とする」との裁決はこれを取消す。

訴訟費用中参加によつて生じた部分は被告補助参加人の負担、その余は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として

一、昭和二十七年十月五日執行の仙北郡南楢岡村々議会議員補欠選挙に当り原告と被告補助参加人菊地丹之丞の二名が立候補し、得票数は共に九八四票の同数となつたので抽せんの結果原告が当選人と決定した。

二、ところが右当選の効力に関し伊藤辰雄外四名の選挙人が同年十月十日村選挙管理委員会に異議の申立をなし同委員会は同年十一月八日異議を却下したので同人等は同月二十五日被告に訴願を提起し被告は原告の得票数は九七六票、被告補助参加人の得票数は九八二票であるとの理由で同年十二月二十六日附主文第一項記載の「村選挙管理委員会の異議却下決定を取消し原告の当選を無効とする」旨の裁決をなし、昭和二十八年一月二十三日告示した。

三、然しながら被告の裁決は左記有効投票を無効としている。即ち

(一)  村選挙管理委員会が原告の有効投票としたもののうち被告が無効と裁定した左記九票について。

(1)「今野ダグエ」と記載した一票。(丙第五号証)、原告家の家名は「宅右衛門」で之を略し且つ訛つて「ダグエ」又は「ダグエン」と称しているが居村では家名を以てその家の世帯主個人をも指称して居り現に世帯主の原告を「ダグエ」又は「ダグエン」とも呼んで居るのであるからこの投票は原告えの有効投票である。

(2)「今野恭三郎」と記載した一票。(丙第四号証)候補者は原告今野と参加人菊地との二名であり氏の今野と名の頭字恭の一字迄原告の氏名と一致しているのであるから原告の有効投票とすべきである。

(3)「今野泰一」と記載した一票。(丙第六号証)右(2)について述べたのと同一理由及び「泰」と「恭」とは字画が極めて類似しているので「恭一」を誤つて「泰一」と書いたと見るのが相当でもあり原告の有効投票である。

(4)「ドバ」と記載した五票。(丙第七、八、九、十一、十二号証)「ドンバ」と記載した一票。(丙第十一号証)「ドバ」とは元来川止めして魚を獲る場所を意味する方言であるが原告家の裏の川岸がこの「ドバ」であつた為村民は原告家及びその世帯主をも「ドバ」と呼称し一般化して固有名詞化しその俗称となるに至つたものであり「ドンバ」は「ドバ」の訛りである。

従つてこの六票は原告の有効投票である。

仮りに「ドバ」又は「ドンバ」が土地の俗称で右の如き原告自身の俗称でないとしても原告は俗称「ドバ」又は「ドンバ」なる土地に居住し同地から立候補した唯一人であるところ同村地方では多数人中の或一人を指示する場合その人の氏名に代えて居住地名を以て呼ぶ生活習慣があり右投票はこの慣習による投票であつて原告への投票と解すべきである。

(二)  村選挙管理委員会及び被告が無効投票とした左記三票について。

(1)「きよう」と記載した一票。(甲第一号証の一)名の頭字「恭」をとつて原告を通称「きよう」ともいつているから「きよう」と判読出来る本投票は原告えの有効投票である、なお「きよう一」の「一」を書落したとも解せられ何れにしても原告を選ぶ意志が確認出来るものである。

(2)「きよう」と記載した一票。(甲第一号記の二)最終文字「」は「ち」を誤つて左書きにしたものと解され「きようち」と判読出来るのであつて「きよういち」の「い」を書落したに過ぎず原告の有効投票とすべきである。

(3)「コノ」と記載した一票。(甲第一号証の三)第二字は「ン」の運筆を誤つたもので「コンノ」と判読出来るから原告の有効投票である。

以上の通り被告が裁決に於て認めた原告の得票数の外なお右十二票の有効投票があるので原告の得票数は合計九八八票となり、補助参加人菊地丹之丞の得票数九八二票より多い。

従つて右異議を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し原告の当選を無効とした被告の本件裁決は違法で取消を免れないと述べ、

被告及び補助参加人の陳述に対し、

(一) 今野恭三郎は原告の実弟で本件選挙に際し選挙人であつたこと、今野恭一、今野協佐なる実在の選挙人があつたこと、裁決に於て原告の得票数に算入した投票中に補助参加人主張の如き記載のなされた投票が存在する事実は認めるが「協佐」は「きようさ」というか否かは知らない。

(二) 補助参加人の「原告の有効投票中に無効投票がある」との主張は被告が裁決に於てこれを有効と認めているのであるから被告の主張と矛盾ていしよくし無効である。然らずとするも、

(1)「今野シヨ一」一票は原告の氏名四字中三字迄一致して居り「恭」は常用漢字中にもない難解の文字である為「恭」を「シヨ」と読み違いこれを発音通り「シヨ」と記載したと見るべきである、「野」の字を書ける選挙人が「正」の字を書けないとは考えられない点から見ても今野正一に対する投票とは認められない。

(2)「コノ」四票は原告の氏「コンノ」の第二字「ン」を脱落したものと解するのが相当である。音標文字で表記すれば“KONNO”となりこのような発音「ン」が重複する際脱落して表示されることは国語に通常存在することである。

(3) 丙第十四号証の一票に「コンノ」の他に「リ」と記載されていると主張する部分は筆勢の余りで記載されたに過ぎず有意の記号等の他事記載とは認められない。

(4)「キンノ」(丙第十九号証)の第一字は「コ」と判読出来る筆勢で「キ」又は「タ」と表記したものとは認め難いから原告えの投票というべきである。

(5)  丙第二十号証の第二字は「ン」とも「ツ」とも読み得るようであるが「ツ」の運筆ではなく「ン」の運筆であるから「ン」の書損じと認めるのが相当である。

(6)「コノキヱヂ」一票は「コンノキヨウイチ」の訛発音をそのまま表記したものである。

(7)「伊藤恭一」一票は名の恭一は原告の名を表わしているから伊藤恭一なる実在の選挙人えの投票ではなく原告えの有効投票とすべきである。

と述べた。

被告指定代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張の一、二の事実及び三の事実中被告が裁決に際し無効投票とした中に原告主張の如き合計十二票の投票が存在していることは認めるが其の余の部分は争う。

(一)の(1)乃至(3)の三票は何人に対する投票か確認し難いものであり、(一)(4)の「ドバ」又は「ドンバ」と記載した六票の「ドバ」「ドンバ」とは南楢岡村小出部落の一部の土地の略称で人的指称ではない。特定人を呼称するには「ドバの某」というのが通常であるからこの六票は何人に投票したか確認し難いもので無効とすべきである。

(二)の(1)乃至(3)の三票中(2)は実在の選挙人たる原告の叔父今野協佐えの投票とも解され又(3)は「コタノ」と記載したとも思料され何れにしても右三票は何人に対する投票であるか確認し難いから無効である。

元来投票の効力判定は投票用紙の記載自体によつて表現された客観的意思によるべきで本件の如く(イ)俗称地名の部落から候補者が唯一人より立候補しないとの理由でその俗称地名を記載した投票を該候補者えの有効投票であるとするのは投票の記載に基く判断ではなく選挙人の意思をせんさくし或は憶測に基いて投票の効力を決定するもので不当である。(ロ)氏又は名の一部或は氏又は名の頭文字が固有な呼名として特定性があるとしても候補者氏名の頭文字の記載だけではその候補者を選んだ趣旨が表明されていると判断されないことは已に昭和二十四年十二月二十四日言渡の最高裁判所判例も認めている通りである。(ハ)次に通称とはその呼名が世間一般に当該個人を指すものと認識して使用されるものをいうのであつてこれを本件について言えば南楢岡村民全員に於て当該個人を指すものと認識していない限りかかる記載のなされた投票は候補者の氏名の記載がないものとして無効とすべきである。(ニ)家名の記載された投票についても同様であると述べた。

補助参加代理人は原告主張の投票中(一)(1)「今野ダグエ」と記載した一票は実在の選挙人たる原告の長男今野宅右工門に対する投票、(2)の「今野恭三郎」と記載した一票は実在の選挙人たる原告の実弟今野恭三郎に対する投票(3)の「今野泰一」と記載した一票もまた実在の選挙人今野泰一に対する投票で右三票は原告の有効投票ではない。なお被告が裁決に於て原告の有効投票として得票数に算入した左記十票は次の理由により無効であるから本件選挙に於ける得票数は原告九六六票、補助参加人九八二票であり結局被告の裁決は相当である。

(1)「今野シヨ一」一票(丙第十五号証)は実在の選挙人今野正一に対する投票である。

(2)「コノ」四票(丙第十三、十七、十八、二十二号証)は実在の選挙人佐々木幸之助の俗称を「コノ」というから右は同人えの投票と解すべきである、殊に丙第十八号証の一票は第二字「ン」を抹消した点からも右佐々木幸之助えの投票であることは明かである。

(3)「コンノリ」一票(丙第十四号)左上部の「リ」は他事記載である。

(4)「キンノ」一票(丙第十九号証)「コンノ」か「タンノ」か不明で両候補の何れえの投票か確認し難い。

(5)「コツノ」一票(丙第二十号証)、記載自体に徴し原告に対する投票とは認められない。

(6)「コノキヱヂ」一票(丙第二十一号証)明かに原告に対する投票ではない。

(7)「伊藤恭一」一票、(丙第二十三号)伊藤恭一は実在の選挙人で本投票は同人に対する投票である(各証拠省略)。

三、理  由

本件選挙から出訴に至る迄の経過的事実並びに被告が裁決に際し無効投票及び原告の有効投票と裁定した投票中に原告が有効、補助参加人が無効と主張するような記載のなされた本件係争投票が存在している事実は当事者間に争がない。よつて右投票の効力、帰属について以下順次検討する。

一、被告が無効と裁定した投票について。

(一)(1)「今野ダグエ」(丙第五号証)一票。証人今野多一、渡辺任之助、相馬隆一の供述を綜合すると南楢岡村地方では通常家名を以てその家の世帯主個人をも指称する慣習があり原告家は古くから宅右工門と言われ現にその世帯主たる原告個人をも「宅右工門」又は略し且つ訛つて「ダグエ」「ダグエン」等と呼称している事実が認められる。一方公職選挙は立候補制で選挙人は候補者に投票するのが普通であるから候補者と同一氏名の選挙人があつたとしても特段の事由がない限り候補者の氏名を記載した投票はその候補者の有効投票と解すべきである。従つて原告の子に今野宅右工門という実在の選挙人があつたことは証人今野多一の供述により認められるが同人に対する投票であるとすべき特別事情がないから本投票は原告の有効投票と解すべきである。

(2)「今野恭三郎」(丙第四号証)一票。原告の実弟に今野恭三郎なる選挙人が実在することは争のない事実であり、「恭三郎」は「恭一」の書誤りと認めることは困難で単に原告の氏と名の頭字が一致するからというだけの理由で原告を選ぶ意思が表明されていると認めることは出来ない、候補者以外の者の氏名を記載したもので無効とすべきである。

(3)「今野泰一」(丙第六号証)一票。「恭」と「泰」とは字画が極めて類似し誤り易い文字であるし立候補制であることから見て「泰」は「恭」の書誤りと認められるので原告の有効投票とすべきである。

(4)「ドバ」五票。「ドンバ」一票。証人今野多一、渡辺任之助、佐藤千代治の供述を綜合すると「ドバ」とは川をせき止めて魚を獲る場所を指す方言であるが原告の父が自宅附近の川に「ドバ」を造つていたところから村民は通常その部落及び部落の代表的地位に在つた原告家及びその世帯主をも「ドバ」と呼称するようになつたもので「ドンバ」は「ドバ」の訛りであり、右は原告の俗称であること、南楢岡村では部落の代表的立場に在る者を呼称する場合その氏名に代えて居住部落名を以てすることも普通の事例であることが認められ右認定に反する証人伊藤万右工門、伊藤道之助、伊藤辰雄、伊藤伊三郎の供述は信用出来ない、他に右認定を覆するに足る証拠がないから原告は右「ドバ」部落居住の唯一人の候補者であり総投票数二千票位のうちに同じ投票が六票も存在するという事実にも鑑み本投票は原告を選ぶ意思を表明していると認めるのが相当である。此の点に関する被告の見解は「ドバ」とは部落の一部のみの略称で人的呼称ではないとの前提に立つもので採用出来ない。

(二)(1)「きよう」(甲第一号証の一)一票。検証の結果によると右記載は「きよう」と判読出来、原告の名「きよう一」の末字「一」を書落したとも解せられ又証人相馬隆一の供述によれば、同村地方では「隆一」を「りゆう」「恭一」を「きよう」の如く名の頭字だけで特定人を呼称することも普通に行われ現に原告を「きよう」とも呼んでいる事実が認められるので本投票はこの慣習に従つたものとも認められ何れにしても立候補制の選挙では原告えの有効投票と認むべきである。被告の指摘する最高裁判所の判例は仮名で候補者の氏又は名の頭文字一字だけを記載した場合で本件には当てはまらない。

(2)「きよう」(甲第一号証の二)一票。検証の結果によるとこの票は文字も甚だ稚拙であつて末字は左書きではあるが「ち」と判読出来「きようち」と読み得るところであり筆跡と「きよういち」なる発音とから見て「きよういち」の「い」を書落したと認めるのが相当で原告の有効投票とすべきである。立候補者以外の「きより」なる名の選挙人に対する投票であるとの被告の見解は選挙が立候補制であることを顧慮しないもので賛成出来ない。

(3)「コノ」(甲第一号証の三)一票。検証の結果によると筆跡から見て第二字は「ン」の運筆を誤つたものと認められ「タ」の書誤りとは認められない。「コンノ」と判読出来るから原告の有効投票とすべきである。

二、次に原告は補助参加人が裁決に於て有効と認めている後記投票を無効であると主張するのは被参加人の主張と矛盾ていしよくし無効であるというから按ずるに抗告訴訟に於て被告行政庁が行政処分(裁決)の適法であることを争う為防禦方法として裁決の理由としなかつた新たな事実或は裁決の理由とした事実と矛盾する新たな事実を主張することは主張自体としては何等無効とすべき理由がない。又補助参加人の提出した攻撃防禦の方法は被参加人のそれと矛盾ていしよくする時は無効であるけれどもそうでない限りは有効である。

今本件についてこれを見るに補助参加人が左記十票が無効であると主張することは被参加人たる被告に於て異議なく又該事実立証の為の丙号証の提出、及び検証の申出等に対しても明かに異議がないと述べていることは本件記録上明白であるから補助参加人の右主張は有効であり原告の右抗弁は理由がない。

そこで補助参加人が無効であるとする十票について検討する。

(1)「今野シヨ一」(丙第十五号証)、一票。検証の結果によると本投票の筆跡は稚拙の方で第一字「今」は一応正確であるが、第二字の扁は一線多いし旁は「」とも見える程で全体として野と判読出来る程度である、この記載自体から見ると到底「恭」は書けないと思われるしその音は「シヨ」であると思い違いしたものと認めるのが相当であるから原告えの有効投票とすべきである、立候補制であるから今野正一なる選挙人えの投票であると認められないことは前に説明したとおりである。

(2)「コノ」(丙第十三、十七、十八、二十二号証)四票。この四票は稚拙な筆跡と「コンノ」の発音の関係から見て「コンノ」の第二字「ン」を書落したものと見るのが相当である、丙第十八号証の第二字は書損じて抹消したに過ぎないし俗称「コノ」と称する選挙人えの投票とは解せられない。原告の有効投票とすべきである。

(3)丙第十四号証の一票。検証の結果によると投票用紙裏面にリ、ソ、ンの何れであるか判別出来ない一字が記載されているがその右側に「コンノ」と記載されて居り第二字「ン」の筆勢は特に渉々しくないことが窺われるので「コンノ」以外の右一字は「ン」を練習したか或は単なる書損じで有意の他事記載とは認められない。

(4)「ンノ」(丙第十九号証)一票。検証の結果によると第一字「キ」の縦線は横の二線の上下に短かく然も上下共殆んど同じ長さだけで出て居り、横線の中央より稍右よりに引かれている。この字形と次の二字が「ンノ」とある点から見て第一字「」は「コ」の誤記と認められる、字形上到底「タ」の誤記とは考えられないから本投票は原告の有効投票である。

(5)「コシノ」(丙第二十号証)一票。第二字は「ン」の誤字と認められ「コンノ」と判読出来るから原告の有効投票である。

(6)「コノキヱヂ」(丙第二十一号)一票。秋田県人の発音は概して重く清音を濁りイをエ又はエに近く発音することが多い事実は当裁判所に顕著であつてこの事実と検証の結果認め得る字形、筆勢字配り等から見ると発音の悪い選挙人が「コンノキヨウイチ」を「コンノ」の「ン」は書落し発音通りに表記したものと認められるから原告の有効投票である。

(7)「伊藤恭一」(丙第二十三号)一票。伊藤恭一なる実在の選挙人の存在することは当事者間に争がない。丙第四号証の「今野恭三郎」と記載した投票と同一理由により無効とすべきである。

以上の通りであるから原告の得票数は被告の裁決に於て認めた九七六票から前記二、(7)の無効投票一票を差引きこれに前記有効投票一(一)の八票、一(二)の三票計十一票を加算した九八六票となり被告補助参加人の得票数九八二票より四票多いから被告の為した本件裁決は違法でありその取消を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

よつて民事訴訟法第八十九条により主文の通り判決する。

(裁判官 西田賢次郎 長谷川信 浜辺信義)

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